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AI-PIDを用いた蛇行制御デモ機

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2025年04月10日

【制御AI】AI-PIDを用いた蛇行制御デモ機

エイシングは4月15日(火)~4月17日(木)に東京ビッグサイトにて開催される、「第9回 AI・人工知能EXPO【春】」に出展いたします。
AI×制御というテーマで、弊社のAI-PIDに関連するデモ動画を展示予定です。
もしご興味を持っていただけましたら、足を運んでいただけますと幸いです。

本記事では前回の記事に引き続き、AI-PIDの適用例についてご紹介いたします。

この章では、展示会で紹介予定の蛇行制御デモ機について、その物理的な構成や制御システムの全体像を解説します。

まずは装置構成から説明します。

装置構成

蛇行制御デモ機は、ウェブ搬送におけるフィルム巻き取り工程における蛇行(横方向の振動)抑制を模擬した構成となっています。
また、AI-PIDにおける予測器(AI部分)も含めて以下に示すサーボ軸の制御を1台のマイコンで処理しています。

全体としては、以下のような構成で成り立っています。

  • フィルム搬送機構:
    2本のローラーにフィルムを模擬したベルトを巻き、巻き取り工程の状態を再現
  • ベルト駆動用モータ:
    片方のローラーはモータにより駆動される
    もう片方のローラーはアイドラーローラーとなっている
  • サーボ軸・回転台:
    アイドラーローラーは台座に設置されており、
    この台座自体をモータで回転させることでフィルムの蛇行を抑制する
  • センサ:
    ベルト中央の位置にレーザー変位計を配置し、横方向の蛇行量(ズレ)をリアルタイムに検出する

こうしたウェブ搬送におけるフィルム巻き取り工程では、以下のような要因により、
フィルムが意図せず蛇行しやすくなる場合があります。

  • 張力の変動:
    巻き出し側と巻き取り側の張力バランスの乱れにより、
    フィルムに横方向の力が加わり、経路が不安定になる
  • ローラーの芯ずれや摩耗:
    装置構造やローラー個体差によって、フィルムにかかる荷重が左右で不均一になり、
    片側に引っ張られるような力が働く
  • フィルム寸法や厚みのばらつき:
    フィルム自体の幅・厚みなどに微小なムラがあると、
    巻き取り・搬送時に蛇行を誘発する
  • 静電気による吸着の偏り:
    特に絶縁性の高い樹脂フィルムなどでは、搬送中の摩擦や剥離によって静電気が帯電しやすく、
    除電が不十分な環境では、ローラーとの吸着力に偏りが生じ、軌道が乱れる要因となる

なお、本デモ機では回転台の回転動作により外乱も模擬的に発生させています。

また、ウェブ搬送に限らず、一般的なベルトコンベア式の搬送装置でも、
以下のような物理的・環境的要因によって蛇行が発生しやすくなるケースがあります。

  • 荷重の偏り:
    製品や部品が一方向に偏って配置されたり、重量物が不均一に載ることで、ベルトの張力バランスが崩れる
  • 搬送面との摩擦ムラ:
    設置環境やメンテナンス状況により、摩擦抵抗が部分的に異なることでベルトが横方向に引っ張られる

このような要因により蛇行が発生することは、搬送や巻き取りといったシステム全般に共通する課題と考えられます。
本デモ機では、こうした蛇行や振動をリアルタイムに検知し、抑制するような制御を行っています。

制御システム

本デモ機では、ベルト位置をレーザー変位計で計測し、
それに応じてローラーの台座を回転させることで、
蛇行を抑制する制御系が構成されています。

制御信号の流れ

  1. ベルト位置の目標値と、レーザー変位計からのフィードバック値の偏差をもとに、PID制御器1が台座の回転角度指令を出力
  2. ベルト位置の目標値と、予測器からの出力値の偏差をもとに、補正器から台座の回転角度指令に対する補正値を出力
  3. PID制御器1の出力と補正器の出力が合算され、モータ回転角度の指令値を決定
  4. その指令値と実際のモータ角度との偏差を入力として、PID制御器2が電圧指令値を出力
  5. 台座の回転に関わるDCモータを駆動
  6. 回転台を含む制御対象(ローラー・ベルト等)を通して横方向の動き(蛇行)を制御
  7. ベルトの蛇行量をレーザー変位計が測定し、制御ループへフィードバック

このような制御ループにおいては、モータや回転台の機械的な慣性要素、
および台座の回転がベルト全体に波及するまでの物理的な応答遅れにより、
制御対象にはむだ時間や高次遅れが含まれる構造となっています。

例えば、モータの回転指令が即座にベルト中央部の蛇行量に反映されるわけではなく、
回転台・ローラー・ベルトという複数の要素を経由する中で、応答に遅れが生じます。
加えて、ベルト(フィルム)そのものも場合によっては柔軟性を持つため、
振動やたわみといった遅延的な応答を示す傾向があります。

このような特性は、単純な1次遅れ系ではモデル化が難しく、
従来のPID制御では後手に回りやすい場面があるため、
AI-PIDによる補正が効果を発揮しやすい構造となっています。

本デモ機のような実システムでは、慣性・ばね要素・機械的な結合などの影響により、
制御対象は、前回ご紹介した1次遅れ系に比べて、一般に高次の遅れ系、
または2次遅れ系として近似されるケースが多いため、
次に2次遅れ系の基本的な挙動について簡単に補足します。

2次遅れ系

2次遅れ系は、慣性やばね要素を含む物理システムに典型的に現れる応答特性です。
入力に対して出力が遅れて追従するだけでなく、条件によっては振動を伴うこともあります。

以下は、ある2次遅れ系のシステムにおいて、同じステップ入力を与えたとき、
減衰比 \(\zeta\)の値によって応答がどのように変化するかを示した例(※1)です。

  • 減衰比\(\zeta=0.3\):振動しながら収束する
  • 減衰比\(\zeta=1.0\):滑らかに収束する(臨界減衰)
  • 減衰比\(\zeta=2.0\):緩やかに収束する(過減衰)

(※1)
この応答は、特定の2次遅れ系におけるパラメータ設定に基づくものであり、
減衰比 \(\zeta\)が同じでも、他のシステムでは振動の有無や応答形状は異なる場合があります。
あくまで、2次遅れ系の基本的な挙動を視覚的に示す一例です。

本デモ機のように、モータの慣性、台座や張力によるベルトのばね的な挙動など、
複数の動力伝達要素が機械的に結合している場合、制御対象は1次遅れ系では捉えきれず、
2次遅れ系やそれ以上の高次遅れ系として近似するのが一般的です。

こうしたシステムでは、出力応答にオーバーシュートや振動が現れる可能性があり、
従来のPID制御のみでは応答性や安定性の確保が難しいケースもあります。

AI-PIDはこのような複雑な遅れ特性を持つ対象にも適用可能であり、
むだ時間や高次遅れの影響を緩和しつつ、安定した制御を実現できる可能性があります。

本デモ機では、モータ角度から将来のベルトの蛇行量を予測する「予測器」と、
その予測結果に基づき補正を加える「補正器」を組み合わせて、AI-PIDを実現しています。

予測器の概要

予測器は、ベルトの挙動に関する時系列データをもとに学習されたAIモデルで構成されています。
入力(説明変数)として過去のモータ角度の履歴を使用し、
出力(目的変数)として将来時刻における蛇行量(レーザー変位計の値)を予測するよう設計されています。
この予測器からの出力は「むだ時間がなければ今ごろ出力されていたであろう蛇行量」となります。

具体的なモデル構成や学習手法については本稿では割愛しますが、
このような予測器は制御対象の物理モデルを必要とせず、
計測データに基づいて構築できる、いわゆる「データドリブン」である点が大きな特徴です。
これにより、事前のモデリングが難しい複雑な装置に対しても柔軟に適用可能です。

制御用途でAIを使う場合、重要なのはリアルタイム性です。
フィードバック制御のループ内にAIを組み込むには、制御周期内で推論が完了する必要があります。

弊社のエッジAIアルゴリズムは、軽量かつ高速処理を重視しており、
マイクロ秒からミリ秒オーダーの推論時間を実現しています。
そのため、マイコンなどのリソース制限のある環境でも、制御ループ内で安定して動作させることが可能です。

本デモ機では弊社のエッジAIアルゴリズムを用いて予測を行っていますが、
前章で述べた通り、このAIによる予測とサーボ軸の制御を1台のマイコンで処理していることが特徴です。

補正器の概要

本デモ機では、予測器によって出力された将来の蛇行量に基づいて、
PID制御器からの出力に補正量を加える構成としています。
この補正量を生成するのが「補正器」であり、現在の指令値と予測出力とのズレ(偏差)をもとに、
あらかじめ定めたゲインをかけて補正量とする、比例制御的なアプローチを採用しています。

\[\Delta u(t) = K_{f}・\left( r(t) – \hat y (t) \right)\]

  • \(\Delta u(t)\):補正器からの出力
  • \(K_{f}\):補正ゲイン
  • \(r(t)\):現在の目標値
  • \(\hat y (t)\):予測器による出力(※2)

(※2)
予測値 \(\hat y(t)\)は将来の蛇行量=むだ時間がなければ今ごろ出ていた出力と見なすため、
このズレは「将来ズレるであろう偏差」と捉えることができます。

このように、予測器によって得られる「むだ時間がなければ今ごろ出力されていたであろう蛇行量」を使って、
あらかじめ必要な補正を加えるというのがAI-PIDの基本的な考え方です。

なお、今回の補正器はシンプルな比例制御としていますが、
AI-PIDの構成上、補正器の設計には明確な制限はありません。
例えば、PID制御器として設計する等といった拡張も可能であり、
適用対象や制御目的に応じて柔軟に設計できます。

本デモ機では、調整の容易さを優先して比例制御を選択していますが、
この構成はあくまでAI-PIDの一つの実装例であり、
他の応用先では異なるアプローチが適している可能性があります。

本デモ機では、予測器と補正器を組み合わせることで、
むだ時間や高次遅れを含む制御対象において、
外乱の影響を抑制するように補正が可能となるAI-PID制御を実装しています。

過去の操作量(モータ角度など)から将来の出力(蛇行量)を推定する予測器があり、
その予測値と現在の指令値との差分に比例した補正値を加える補正器を組み合せることで、
単純なPID制御だけでは難しい応答性の改善を狙っています。

このようなアプローチは、従来の物理モデルに基づく設計とは異なり、
「データドリブン」な構築が可能であり、モデリングが難しい対象にも適用できる柔軟性があります。
また、リアルタイム処理に対応可能な弊社独自のAIアルゴリズムを用いることで、
マイコンなどの制約環境でも制御ループ内での安定動作が実現できます。

今回のデモ機は、AI-PIDの構成や適用方法を示す一例であり、
実際の適用対象や制御目的に応じて構成は柔軟に変更可能です。
特に、むだ時間や遅れの影響が大きいシステムをお持ちの方にとっては、
本アプローチが新たな制御手法の選択肢となり得ます。


本記事でご紹介したデモ機の様子は、動画となりますが展示会会場にてご覧いただけます。
構成や制御の仕組みなど、ぜひ現地でご覧いただければ幸いです。

また、類似の課題をお持ちの企業様には、弊社よりAI-PIDの技術適用検証のご提案も可能です。
ぜひお気軽にお問い合わせいただければと思います。

執筆者:中堀 雅之(データサイエンスチーム)