製造業AI導入はなぜうまくいかないのか|成果を分ける“実装力”という視点

AI導入が止まる理由を、技術以外の観点から整理

多くの製造業で、AI導入は「検証」までは進むものの、
その先の実装・定着の段階で立ち止まり、
経営成果につながらないケースが少なくありません。
本記事では、その分岐点を “実装力” という視点から整理します。

2025年12月24日

製造業AI導入はなぜうまくいかないのか|成果を分ける“実装力”という視点

製造業AI導入はなぜうまくいかないのか|成果を分ける“実装力”という視点

製造業AI導入に取り組んできたはずなのに、この取り組みは、本当に“成功”と呼べる状態なのだろうか?
——そう感じたことはないでしょうか。

PoC(実証)までは進んだ。
個別の工程では、確かに改善も見えている。
それなのに、経営として次の判断に踏み出せない。

多くの製造業企業が、この曖昧な停滞感の中で、足を止めています。

この停滞の正体は、「AIの技術力があるかどうか」ではありません。
問われているのは、「組織が、AIを使い続け、広げていける状態になっているかどうか」です。

——それは、成果が出たかどうかではなく、成果が続く前提が整っているかを問う視点でもあります。

一度うまくいくことと、うまくいき続けることのあいだには、質の違いがあります。

本記事は、AI導入の具体的な手順やツールを解説するものではありません。
なぜ多くのAI導入が途中で止まり、なぜ一部の企業だけが成果を出し続けているのか。
その分岐点を “実装力” という観点から整理します。

製造業AIで成果を得るために足りないピース

製造業AIを検討する際、工程起点でAIを捉えてしまうと、経営として何を変えたいのかとの紐付けが曖昧になりがちです。問うべきは、「どの工程にAIを導入するか」ではありません。「どの価値が、どのような課題によって阻害されているのか」です。

製造業AIの議論では、「どの課題に向き合っているのか」が曖昧なまま、検討が進んでしまうケースも少なくありません。課題の捉え方自体に迷いがある場合は、そうした整理から立ち戻ることも有効です。

ただし、課題を特定できた瞬間に、霧が晴れるように成功への道筋が見えるわけではありません。

実際に、世界の先進企業の事例を丁寧に見ていくと、成功と足踏みを分かつ分岐点は、課題を特定した “その先” にあります。彼らは、AIを単発の施策として扱うのではなく、価値や成果を生み出す流れの中に組み込み、実装・定着させています。

分岐点は、製造業AIを組織として実装し続けられるかどうか
——少なくとも、そうした視点を持てるかどうかが、大きな差を生んでいるように見えます。

世界の先進企業は製造業AI導入をどう進めているのか

Global Lighthouse Network

製造業AIを進めるにあたり、成果につながった取り組みの共通項を読み取る上で、参考になる事例群として知られているのが、Global Lighthouse Network(以下、GLN)です。

GLNとは、World Economic Forum(以下、WEF)が主導・認定する枠組みのもとで選定された、

製造業AIを含む複数のデジタル技術を活用した変革によって、卓越した成果を上げた生産拠点のネットワークを指します[1]

GLNの特徴は、製造業AIを「構想」や「検証」にとどめるのではなく、実際の生産現場や価値連鎖のような成果につなげている点にあります。単発のPoCや一部工程での試行ではなく、生産性等の観点で明確な成果を上げている拠点が選定されている点も、GLNの重要な特徴です[1][2]

GLNは2018年に設立され、6年間で16拠点から189拠点へと拡大しました。現在では、工場、サステナビリティ、エンドツーエンドのバリューチェーンといったカテゴリを含み、33か国・35のサブセクターに広がっています。この多様性こそがGLNの原動力であり、拠点同士が知識や洞察を共有しながら、変革を加速させるための学習コミュニティ(learning community)として機能しています[1]

GLNの2025年版のWHITE PAPERが強調しているのは、特定企業の成功ストーリーそのものではありません。189のライトハウス拠点(WEFがGLNの枠組みで認定した先進的な生産拠点)、1,000件を超えるユースケース、2,000以上の指標という実証データの蓄積を通じて、変革の取り組みが偶然ではないことを裏付けているのです[1]

WEFは、こうした再現を助けるための仕組みを、変革の「playbook」と呼んでいます[1]。ここで言うplaybookとは、机上で設計された理想論ではなく、多数の拠点における実践とその成果に基づき、有効性が示されている枠組みだと理解するのが適切でしょう。

また、GLNのWHITE PAPERでは、こうしたライトハウス拠点の取り組みが、後続企業(fast followers)が学ぶべき参照例であることも明確に示されています[1]。GLNは限られた先進企業を称賛するための枠組みではなく、製造業全体がPoC止まりを超え、実装と定着に進むための参考として位置づけられていることが読み取れます。

“実装力”という視点

GLNの2025年版のWHITE PAPERでは、製造業AIを含む技術の成果は、実装・定着・スケールに関わる組織的な能力に左右されることも示されています[1]

同レポートは、トレンド技術に手あたり次第に投資するのではなく、技術革新に投資する際には、プロセスや人を支える基盤にも投資が不可欠であると指摘しています。生産領域では、こうした基盤要素への投資が後回しにされ、結果としてスケール段階で課題が顕在化するケースも少なくありません[1]

——こうした指摘を踏まえ、当社では、人・プロセス・基盤への投資を含めて、技術を組織として機能させ続ける力を “実装力” と捉えています。

“実装力” とは、AIそのものの性能ではなく、AIを機能させ続ける仕組みを、組織として持てているかどうかを指します。

この力が定着して初めて、成果をどう測り、その結果を次の投資判断へつなげる議論が、現実のものになります。

言い換えるならば、一度うまくいったAIを、次の現場や次の課題でも「当たり前に使える状態」にできるかどうか。それが、“実装力” の本質です。

多くの企業が製造業AI導入で足踏みしてしまう要因

McKinsey & Companyの業界横断調査によれば、多くの企業がAIを何らかの形で活用している一方で、企業全体でスケールし、業績改善にまで結びついているケースは、依然として少数派にとどまっています。多くの企業では、AIによる効果がユースケース単位の改善にとどまり、組織全体の業績に影響を与えるレベルには至っていないと指摘されています[3]

つまり、世界的にも「AIを一部で使っている企業」は多数派でありながら、「AIを組織として運用し、業績改善にまでつなげている企業」はまだ限られているのです。

しかし、前述のGLNが示しているのは、「特別な企業だけが成功する」という夢物語ではありませんでした。

WEFは、PoC段階で足踏みしてしまう状態を『pilot purgatory(あえて直訳するなら “パイロットの煉獄”)と表現しています。これは一般に「PoC止まり」と呼ばれる状態に相当します。GLNの事例が示しているのは、『playbook』に沿って実装を進めることで、この “パイロットの煉獄” を超えることが可能である、という実証的に示されているメッセージです。

WEFは、playbookから学び、それを再現するための知見や枠組みが、かつてないほど整備されている、と述べています[1]

“パイロットの煉獄” は確かに乗り越えることができるのだという、心強いメッセージに感じます。

着手すべき領域

WEFの2025年版WHITE PAPERでは、デジタルトランスフォーメーションを一過性の取り組みで終わらせず、定着・スケールさせているライトハウス拠点の取り組みを分析すると、いくつかの共通した考え方や投資配分の傾向が示唆されています。それは、特定の技術選択ではなく、定着・スケールを前提としたマインドセットと投資配分にあります[1]

ライトハウス企業は、新しい技術そのものに過度な期待を寄せるのではなく、その技術が価値を生み続ける前提となるプロセスや人、基盤への投資を重視してきました。既存のプロセスを見直さないまま技術を重ねるほど、プロセス変更や教育といった“後払い”が膨らみやすい──というのが、WEFが指摘する『プロセス負債(process debt)』の論点です。ライトハウス企業は、こうした「止まりやすい構造」が生じやすいことを前提に、それを組織側であらかじめ減らす設計を行っている点が特徴です[1]

また、導入の成否は設計段階だけで決まるものではありません。ライトハウス企業は、現場人材を巻き込み、ローカルな文脈に合わせて使い続けられる形で定着させることに注力しています。加えてWEFは、属人的なノウハウにせず、標準マニュアル・手順・ツールを “再利用可能な資産” として整備し、展開速度と再現性を上げること(assetizing)も、スケールの鍵だと整理しています[1]

技術を選ぶ力ではなく、「使い続けられる状態を組織としてつくる力」——WEFが示しているのは、まさにこの点だと読み取れます[1]

重要なのは、すべてを一度に成し遂げることではありません。小さな成功を一つずつ積み重ねながら、“実装力” を組織に根付かせていく。貴社の取り組みは、“実装力” を根付かせることにつながっているでしょうか。

振り返ってみれば、それは “寄り道” ではなく、必要な道程だった——そう言える状態に近づいていくはずです。

“実装力” の延長線上にある次のテーマ

新しい技術を扱えるかどうかは、その技術がどれほど革新的であっても、それを使い続けられる組織かどうかで決まります。

フィジカルAIデジタルツイン等の新しい技術は、組織の成熟度をそのまま映し出す技術です。

“実装力” が備わっていない状態で導入すれば、PoC止まりに陥りやすい技術群でもあります。一方で、AIを現場で使い続ける仕組みが整っている企業にとっては、経営成果に直結するテーマにもなり得ます。

AI導入がうまくいかない理由は、技術の選択ではなく、実装を前提に意思決定できているかどうかにあります。ここで言う“実装を前提にした意思決定” とは、成果の測り方、次の展開判断、現場で使い続ける前提までを含めて構想できている状態を指します。

次の記事では、この “実装力” という前提の上で初めて意味を持つ、AIを現場で “動かす” 潮流——フィジカルAIについて整理していきます。


執筆者:エイシングPR事務局
当社が製造業向けに提供しているAIソリューションの導入支援で得られた知見をもとに、経営層向けに情報発信を行っています。

【免責事項】
※本記事は、各社・各機関の公式発表・報告書等の公開情報をもとに、筆者が要約・解釈のうえで構成したものです。原文の全文転載ではありませんので、詳細内容については各社公式サイト・原資料をご参照ください。
※本記事で使用している一部の画像・図版は、内容理解の補助およびイメージ喚起を目的として、AIツールにより生成しています。

【参考資料】

[1] WORLD ECONOMIC FORUM
“Global Lighthouse Network: The Mindset Shifts Driving Impact and Scale in Digital Transformation WHITE PAPER JANUARY 2025”
https://reports.weforum.org/docs/WEF_Global_Lighthouse_Network_2025.pdf

[2] WORLD ECONOMIC FORUM
“Learn how to become a Lighthouse and apply now!”
https://initiatives.weforum.org/global-lighthouse-network/become-a-lighthouse

[3] McKinsey & Company (2025/11/5)
“The state of AI in 2025: Agents, innovation, and transformation”
https://www.mckinsey.com/capabilities/quantumblack/our-insights/the-state-of-ai