AIのROIはなぜ製造業で理論通りに進まないのか|成功事例が当てはまらない理由
理論や成功事例を理解した“その先”で、製造業AIのROI設計をどう考え、実践するか
✓ ROI設計の理論やAI成功事例が「自社には当てはまらない」と感じる理由を整理
✓ 製造業AIのROI設計を実務で進める際の前提と考え方
- ホーム > ブログ > 基礎編―ビジネス層向けブログ― >
2026年01月22日
AIのROIはなぜ製造業で理論通りに進まないのか|成功事例が当てはまらない理由
目次

理論としてのROI設計や、成功企業の事例を踏まえることで、製造業におけるAI投資判断の「考え方」は、ある程度整理できたように感じられるかもしれません。
どのような手順で、どのような成果を目指せばよいのか——
“完成されたレシピ” は、すでに手中にあるようにも見えます。
しかし、いざ自社の検討に入った途端、
「前提となるデータが揃っていない」
「事例と自社の条件があまりにも異なる」
といった理由から、判断が前に進まなくなる場面も少なくないのではないでしょうか。
本記事では、理論や成功事例をそのまま再現することが難しい状況において、製造業AIのROIをどのように “判断材料” として扱えばよいのか。理論と現実の狭間に生じる隔たりを整理します。
製造業AIのROI理論や事例を理解しても、投資判断が止まるのは自然なこと
理論としてのROI設計や、成功している企業の事例を理解したはずなのに、それでも製造業AIの投資判断が前に進まなくなる。この状況は、決して珍しいものではありません。
これは、理解不足や検討不足によるものではありません。成功事例という “完成されたレシピ” を前にして、自社の材料や工程、制約条件を冷静に見極めようとしているからこそ生じる自然で健全な反応です。
なぜ、理論や成功事例だけではAI投資の判断が前に進まないのか
実際、業界横断でAI活用の状況を俯瞰すると、理論通りにAI投資が期待した成果や収益成長を上げているケースは少数派です。
驚くべきことに、MITのNANDA initiativeによる調査レポートをもとにしたFortuneの報告によれば、企業における生成AI導入の取り組みのうち、約95%は短期間で期待する収益加速を達成する段階には至っていないとされています[1]。話題の生成AIであっても、投資効果がすぐに可視化されるケースは少数派である、という現実が示されています。
多くの企業が、AI活用によって期待していた水準の成果や収益成長をまだまだ実現できていないというのが、直視しておくべき実態です。
とりわけ製造業においては、AI導入の難しさをさらに増幅させる固有の条件が存在します。
製造業AIでは、ROI試算が不完全になるのが前提である
なぜ、製造業AIの投資判断は「十分な情報が揃わない状態」から始まるのか
前項で見たように、理論や成功事例を理解してもなおAI投資の判断が進みづらいのは、理解不足や検討不足によるものではありません。
特に、製造業AIの投資は、最初から「判断に必要な情報が十分に揃わない状態」で始めざるを得ないという事情もあります。これは準備不足や進め方の問題というよりも、製造業AIの性質そのものに起因しています。
例えば、検討の起点となる現場データです。多くの製造現場では、AI活用を本格的に検討しようとした時点で、必要なデータがそのまま使える形で揃っているケースは稀です。データの収集ができていないケースもあるでしょうし、欠損やばらつきがあり、そもそも「何がどこまで取得できるのか」自体が、検討を進めながら見えてくることも少なくありません。
また、初期のPoC(実証)段階では、前提条件や仮定を置かざるを得ない場面が数多く発生します。本番環境と同一のデータ量・品質・運用条件を前提に検証できるケースは限られており、ROI試算も、どうしても仮定を重ねた形にならざるを得ません。
さらに製造業では、設備や環境、工程ごとの差異、製品の違い、現場オペレーションの個別差等が大きく、他社事例の数値や前提条件を、そのまま自社に当てはめることが難しいという事情もあります。同じテーマであっても、適用範囲や期待できる効果は企業ごとに大きく異なります。
加えて、近年はフィジカルAIやデジタルツインといった技術の広がりにより、検討すべき要素そのものが増えています。AI単体の性能評価にとどまらず、現場設備との連携、業務プロセスへの組み込み方、運用時の説明責任や再現性といった観点まで含めて総合的に判断する必要があります。
このように、製造業AIにおけるROI設計は、最初から精緻な数値で結論を出すことは困難を極めます。むしろ、複数の不確実性や仮定を抱えたまま、それでも判断を迫られる——この状態こそが、製造業AIにおける投資検討の現実だと言えます。
つまり、製造業AIのROI設計は「正確に計算してから判断する」プロセスではなく、「不確実性を抱えたまま、判断を積み重ねていく」プロセスなのです。
では、このように不完全な条件下で、経営層の皆様はどのようにROIと向き合い、判断を下していけばよいのでしょうか。
AI投資のROIが見えづらいのは、製造業に限った話ではない
前項では、製造業AIの投資判断が、最初から不完全な情報や仮定を抱えた状態で始まらざるを得ないことを確認しました。では、そのような前提条件のもとでROIを検討した結果、「数字が明確な形で示せない」「算定はできても、想定より低く見える」という状況に直面するのは、どれほど特殊なケースなのでしょうか。
製造業AIには固有の難しさが存在するのは前述のとおりですが、同時に、こうした状況は製造業に限った例外ではありません。業界や部門を横断してAI投資全体を見渡しても、ROIの可視化に苦しむ企業が多数派であることが、各種調査からも確認されています。
ここでは、「数値で語ることが求められる領域」での実態を確認し、次に「時間軸」という観点からも傾向を整理しておきましょう。
なぜ、AI投資ではROIが明確な成果として確認できていない企業が多数派なのか
財務分野の経営層を対象としたBoston Consulting Groupの調査によれば、AIおよび生成AIのROIの中央値はわずか10%にとどまり、約3分の1が限定的な成果しか得られていないと回答しています[2]。
財務分野のように「数値で語る」意識が強い部門であっても、この水準にとどまっているという事実は、AI投資においてROIを明確な成果として確認すること自体が容易ではないことを示唆していると考えられます。こうした傾向は、特定の業界や部門に限った例外ではなく、AI投資全体に共通する構造として捉える見方も成り立ちます。
現場データや工程制約、設備差といった不確実性を抱える製造業AIにおいても成果の確認が容易でないことは想像に難くありません。
なぜ、AI投資のROIは時間差で現れるのか
さらに、業界横断の調査から、AI投資一般における「ROI達成の遅延」の傾向を確認しておきましょう。
Deloitteの調査は、こうした状況をAI投資の構造的特性として整理しています。
Deloitteが2025年に、欧州および中東地域の経営層を対象に実施した業界横断調査によれば、多くの企業が、AI投資で満足できるROIを実現するまでの期間を2〜4年と回答しています。これは、テクノロジー投資で期待される7~12か月の回収期間を大幅に上回っています。AIの場合は、データ品質の改善、組織再編や業務効率化といった取り組みと結びついて進められることにより、AI単独の価値が見えづらくなる要因として挙げられています[3]。
この指摘は、製造業AIの文脈とも強く重なると考えられます。なぜなら、製造業では、AIの導入が現場オペレーションや設備構成、業務プロセス全体に波及するため、AI単体の効果を切り出して評価することが一層難しくなるからです。その結果、満足できるROIが実現されるまでに時間を要する投資では、「ROIが途中段階では見えにくい」状態として現れやすくなります。
だからといって、ROIが不十分、あるいはネガティブに見える局面に直面したとしても、それ自体をもってそのAI投資判断が誤りであると結論づけることはできない点には注意が必要です。
では、このようにROIが不完全な状況において、経営はどこで、どのような判断を下すべきなのでしょうか。
製造業AIの成功事例をどのように捉えるべきか
ここまで整理してきたように、製造業AIにおいてROIが途中段階では見えにくい、あるいはネガティブに見える状況は、決して稀なケースではありません。多くの企業が、不完全な情報や仮定を抱えたまま、投資判断に向き合っています。
それでもなお、製造業AI導入の歩みを止めず、結果として競争力につなげている企業が存在することもまた事実です。ここで、成功企業が成功した理由を「最初から精緻なROIが算出できたからだ」と言い切ってしまうのは乱暴に過ぎるでしょう。
そこで気になるのが、ROIが十分に見えない段階において、どのように判断を整理し、前に進めたのだろうかという点ではないでしょうか。
AIのROIが不完全な段階でも、判断は段階的に行われている
前述のDeloitteの調査では、AI投資で相対的に高い成果を上げている企業群の特徴の一つとして、AIを単なる効率化施策ではなく、ビジネスモデルを根本から見直す機会として捉えている点が挙げられています[3]。
ビジネスモデルを根本から見直すということは、成功企業は、短期的な数値だけでAI投資を評価するのではなく、中長期の価値創出や組織変化も含めた、より広い文脈の中でROIを捉えているように思います。
この仮定からさらに推測を進めるならば、AI投資で成果を上げている企業は、ROIが十分に数値化されるのを待ってから、すべての意思決定を行っているわけではない、ということが言えるのではないでしょうか。
ROIが不完全に見える段階であっても、今の時点でどこまでを判断対象とするのか、といった意思決定の整理を行いながら、段階的に検討を進めている様子が見て取れます。
製造業AI活用の成功事例はそのまま真似るためのものではない
とはいえ、成功企業の事例の通りにそのまま再現すれば、同じ成果にたどり着けるのかと言えば——製造業AIの現場では、そう単純にいかない場面のほうが多いでしょう。
こうした実践事例は、成功のレシピ集というよりも、多くの企業が、どのような発想や前提でAI投資に向き合っているのかを整理したものと捉えるほうが適切です。
外部調査や成功事例に並ぶ実践のレシピを、そのまま再現しようとする必要はありません。そもそも、同じレシピであっても、厨房が違い、シェフが違えば、仕立て方も味わいも変わるのが自然だからです。
大切なのは、自分の厨房に何が揃っているのかを踏まえながら、今ある食材や調味料で、どんな一皿を目指せそうかを思い描くことです。
成功企業の実践をそのままなぞるのではなく、なぜそのレシピが選ばれ、どのような構造と判断軸のもとで組み立てられているのかを読み取る。そうした向き合い方こそが、製造業AIを机上のROI設計ではなく、現実の投資判断へとつなげていきます。
製造業AI投資の判断は「続けるか/やめるか」の二択ではない
ROIが不完全に見える段階において、経営判断が「続けるか/やめるか」という二択に見えてしまうことは、無理もありません。
しかし、製造業AIの実際の検討プロセスを振り返ると、意思決定は本来、いくつかの段階を経て整理されていくものです。
例えば、製造業AIにおけるROIの設計は次のような段階を経て整理されていきます。
・現場や工程を調査し、短期・長期の視点から投資可能性を見極める段階
・技術的・経済的な実現性を検証し、次に進むテーマを選別する段階
・短期的な効果と中長期的な価値創出を切り分け、全体計画を描く段階
このようにROIの設計ステップを段階化して捉えると、「続けるか/やめるか」という二者択一ではなく、「進行方向を修正する」という第三の選択肢が見えてきます。
ここでいう「進行方向の修正」とは、AI導入をどう進めるのか、どの課題に向き合うのか、そしてどんな価値を成果と捉えるのか——そうした前提を、あらためて引き直すことです。それは、先ほどのROIの段階設計で言えば、次の段階に進む前に “下ごしらえ” をしなおすという判断です。
執筆者:エイシングPR事務局
当社が製造業向けに提供しているAIソリューションの導入支援で得られた知見をもとに、経営層向けに情報発信を行っています。
【免責事項】
※本記事は、各社・各機関の公式発表・報告書等の公開情報をもとに、筆者が要約・解釈のうえで構成したものです。原文の全文転載ではありませんので、詳細内容については各社公式サイト・原資料をご参照ください。
※本記事で使用している一部の画像・図版は、内容理解の補助およびイメージ喚起を目的として、AIツールにより生成しています。
【参考資料】
[1] Fortune (2025/8/18)
“MIT report: 95% of generative AI pilots at companies are failing”
https://fortune.com/2025/08/18/mit-report-95-percent-generative-ai-pilots-at-companies-failing-cfo/
[2] Boston Consulting Group (2025/6/4)
“How to Get ROI from AI in the Finance Function”
https://www.bcg.com/ja-jp/publications/2025/how-finance-leaders-can-get-roi-from-ai
[3] Deloitte (2025/10/22)
“AI ROI: The paradox of rising investment and elusive returns”
https://www.deloitte.com/uk/en/issues/generative-ai/ai-roi-the-paradox-of-rising-investment-and-elusive-returns.html

