製造業AIのROI事例|Audi・BMW・Lighthouseに学ぶ投資回収
製造業経営層のためのAI投資の成功要因とROIの成熟段階
✓ AI投資の成果が見えない原因を、Audi・BMW等の実例から解明
✓ ROIを左右する「設計力」を、短期〜超長期で整理
✓ 回収が遅れる企業に共通する落とし穴と回避策
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2025年11月10日
製造業AIのROI事例|Audi・BMW・Lighthouseに学ぶ投資回収
目次
製造業のAI導入・AI活用やDX(デジタル化)が難しいのは、技術が複雑だからではありません。成果を生む設計を、経営と現場の間でどう描くか──その「設計の成熟度」が問われているのです。
AI導入の成功とは、技術の巧みさだけではなく、ROIを構想する力に支えられています。どれほど高度なAIを導入しても、投資回収の設計を誤れば、成果は一過性に終わります。逆に言えば、AI投資の成否を分けるのは技術の先進性ではなく、経営判断に基づく投資対効果(ROI)の設計力なのです。
本記事は、製造業AIのROIをどのように設計すればよいかを説明した記事でご紹介したフレームワーク──①導入計画フェーズ別のROI測定、②短期・長期ROIの区別、③設備効率・品質・エネルギーの3指標──をもとに、実際の事例からAI投資の成果が「いつ・どこで・どのように」生まれるのかを考察します。
なお、AI導入の全体像については、経営視点で全体像・ROI・企業選定を体系化した『製造業AI導入ガイド』もあわせてご参照ください。

製造業AIでROIを高めた3つの成功事例

まず、製造業AIのROIを測定するためには、時間軸による効果の「質的違い」を明確に区別しておく必要があります。短期と長期のROI測定フレームです。
成功企業の共通点は、その時間軸の中で、「小さく始め → 広げ → 仕組み化する」という“育て方”(スケールのさせ方)を設計している点にあります。
そして、このフローを踏まえると本記事で取り上げるAudi、BMW、Lighthouse企業群の事例は、まさに短期→長期→超長期の成長パターンを示す好例だと分かります。
以下では、このROI成熟ステップに沿って事例を整理していきたいと思います。
製造業AI事例① 短期ROI|Audiの品質管理AI
品質管理へのAI活用は、「設備効率」と「品質コスト」の両面で短期ROIを実現しやすい代表的な分野です。AIに休憩時間はない──品質管理の領域ほど、その言葉を実感できる現場は少ないでしょう。
例えば、Audiはネッカースルム工場において、スポット溶接の品質検査を自動化するAIシステムを開発し、2023年から量産工程への導入を開始しました。AIが生産データを自動解析することで、従来の手作業による抽出検査から脱却。作業者の負担軽減と検査工程の効率化を実現していると考えられます。2023年6月当時の同社プレスリリースによれば、本技術は2023年末までにブリュッセル、エムデン、インゴルシュタットなど他拠点への展開が予定されていました[1]。
さらに、2025年にはAudiはSiemensとの協働により、溶接スパッタ(溶接時に飛散する金属の粒)の検出・除去を行うAI検査への適用に向けた取り組みが報じられています。これにより、Audiは車体品質の向上や製造プロセスの向上も実現しています([2]、業界メディア)。
これらの報道からは、Audiのプロセスは試験導入等を通した技術実証と、複数拠点や他工程へのAI導入による導入拡大が連動している様子が見て取れます。AIの実装を単なる「実験」で終わらせず、成果に結びつけるプロセスが構築されていることで、量産展開への意思決定を加速させているのだと考えられます。実装と投資回収の設計を同時に進める──まさにその構造こそが、短期ROIを早期に実現する成功パターンといえるでしょう。
製造業AI事例② 長期ROI|BMWの予知保全AI
BMWグループ・レーゲンスブルク工場では、AIを活用した予知保全システムが搬送設備の稼働データを解析し、異常兆候を早期に検知して生産停止を未然に防いでいます[3]。
このシステムは追加センサーを必要とせず、既存データのみを利用して解析・学習できる点に大きなメリットがあります。本プレスリリースが発表された2023年時点において、既に主要な組立ラインの約8割でAIでの監視が実施されており、年間500分以上のダウンタイム削減を実現しているといいます。レーゲンスブルク工場では57秒ごとに1台のペースで車両がラインオフされており[3]、あくまで概算ですが57秒サイクルで換算するならば、約500台の車両のラインオフの機会を失うことを防止している計算です。
また、同社の2025年のプレスリリースによれば、同工場では品質検査工程にもAIを拡張しており、パイロットとして実証中の「GenAI4Q」と呼ばれるプロジェクトにおいて、各車両の仕様やリアルタイム生産データを解析し、個別に最適化された検査指示を自動的に決定しています[4]。
つまり、BMWは生産ラインの保全から品質保証へと AI 活用範囲を広げ、単一工程での改善にとどまらず、段階的に価値を積み上げていくアプローチを進めています。このように、予知保全から品質保証へと活用領域を広げていくことで、設備効率・品質の双方で効果を積み上げ、ROIを継続的に向上させる土台が形成されつつある点が注目されます。
この取り組みは、短期的な改善効果を足がかりとして、長期的に ROI を高めていく「長期型アプローチ」の一端を示していると言えるでしょう。
製造業AI事例③ 超長期ROI|Lighthouse企業群の全社統合型AI
製造業のAI活用・DXは、Audiの品質検査やBMWの予知保全のような工程最適化から、全社統合型のAIへと進化しつつあります。
McKinsey & Companyの記事に次のようにあります。
“AI is advancing to impact quickly and is only speeding up. Manufacturers no longer need to ponder whether it’s possible or impactful. Lighthouses have already proved that.”
― McKinsey & Company, How manufacturing’s Lighthouses are capturing the full value of AI, April 9, 2024.[5]
つまり、もはや製造業者は「AIが効果的か」を考える必要はないというのです。なぜなら、Lighthouse企業群が既にその効果を証明しているからです。
Lighthouse企業群とは、世界経済フォーラムが認定する製造業DXの先進企業のことです[6]。AIを計画・設備管理・品質・物流といったバリューチェーン全体に統合した企業群が、2023年末の時点で下記のような成果を報告しています[5]。
- 生産性:2〜3倍
- サービスレベル:50%改善
- 欠陥率:最大99%減
- エネルギー消費:30%減
これをみれば、たしかに「AIが効果的か」を考える必要はないと言い切るのも頷けます。さらに、Lighthouse企業群の中から具体的な企業の例を挙げるとするならば下記のような事例があります。
【具体例:CITIC Pacific Special Steel(鉄鋼業におけるAI統合事例)】
McKinsey & Companyの記事によれば、CITIC Pacific Special Steel(中国の特殊鋼メーカー)はAIで高炉の内部状態を予測し、プロセスパラメータをリアルタイムで最適化しているといいます。これにより、生産量15%増とエネルギー消費11%減を同時に達成しました[5]。
これらの企業は、Audiのような「品質管理のAI化」、BMWのような「予知保全のAI化」を出発点としながらも、それを全社プロセスへと拡張し、AI活用を企業全体で再利用・展開可能な仕組みへと進化させています。なお、Lighthouse企業群のAIは特定のアルゴリズムやモデルではなく、工程最適化・全体最適化・設計/教育支援など、多層的なAI活用を統合する仕組みとして位置づけられています[5]。
これが「超長期ROI」です。(※1)AI導入の成果を一過性の投資回収にとどめず、企業全体で継続的に価値を生み出す仕組みへと進化させているのです。短期ROIで投資を回収し、長期ROIで競争力を高め、最終的にはAIが企業全体の価値創出構造を支える段階へ──それが製造業AIの成熟フローといえるでしょう。
※1)本記事では、こうした「全社最適へと拡張し、継続的に価値を創出し続ける段階」を便宜的に「超長期ROI」と呼びます。
【無料ダウンロード】製造業向け 簡易ROI設計テンプレート(Excel形式)
本記事でご紹介した事例・数値は各社の公式発表または信頼性の高い報告資料に基づいていますが、投資額・回収期間等は企業により異なります。貴社のご状況にあわせた試算には『製造業向け 簡易ROI設計テンプレート』をご活用ください。本テンプレートは、出発点となる「短期ROI」を可視化できる試算ツールです。是非ご活用ください。
製造業AIで投資効果を得た企業に共通する進め方
ROIを実現し持続化させる要因

▲本記事では、AI導入の進化を『短期ROI(導入初期)』『長期ROI(展開期)』『超長期ROI(成熟期)』と呼んでいます。各企業の公開情報をもとに整理した便宜的な分類です。
短期ROIを実現したAudi、長期ROIを持続的に高めたBMW、そして超長期的な価値創出へと発展したLighthouse企業群──これらの実践を俯瞰すると、ROIを持続化させる設計思想が見えてきます。
3つの事例を整理すると、AIを「実験」で終わらせず、「持続的な投資対効果」へと昇華させていることが読み取れます。とりわけ、AI導入は「技術そのもの」より「どのように育て、広げるか」が成果を大きく左右していると考えられます。これが事例の公開情報から共通点として読み取れる示唆です。
これらの事例を踏まえると、製造業 AI における再現性のある ROI 成熟フローは次のように整理できます。
① 小さく試す ⇒ 成果を測る
まずは成果が出やすい領域(例:品質・保全)で小規模に導入し、効果を確認しながら拡張するアプローチが有効です。Audi もネッカースルム工場で品質管理 AI を導入し、得られた成果を踏まえて複数拠点へ展開しました[1]。
② 現場で回せる形に ⇒ 多軸で改善する
現場での運用を重ねることで、設備 × 品質 × エネルギーといった複数指標へ改善を広げていくことができます。公開情報によれば、BMW では予知保全から品質保証へと AI 活用範囲が拡大しています。また、BMWの「GenAI4Q」と呼ばれるプロジェクトにおいては、AI機能をスマートフォンで利用できる取り組みが進んでおり[4]、現場で扱いやすい形の実装が試みられているように思えます。
③ 外部パートナーと協働 ⇒ スケールさせる
実証で得られた知見を「再利用可能な構造」へと昇華し、複数ライン・複数工場へ展開していきます。Lighthouse 企業群はユースケースの資産化を通じてスケールを実現しています[5]。また、スケールの際には、外部パートナーとの協働が効果的なケースも多いです。AudiはFraunhofer、BMWはDatagon AI などと連携しながら展開を進めています[1][4]。(※2)
つまり、小さく始め → 現場に根付かせ → スケールするというフローこそが ROI を育てる仕組みなのです。短期ROIで投資効果を可視化し、長期ROIでその効果を事業構造に定着させ、超長期的にはAIが継続的に価値を最適化し続ける──それが製造業AI導入の成熟段階であり、企業競争力の新たな軸といえるでしょう。(※3)
※2) 適切なROI設計を支えるパートナーの見極め方については、下記の記事にてパートナーとするAI企業を比較・選定するための具体的な評価基準を整理しています。あわせてご参照ください。
📄 AI企業を比較・選定する際の6つの基準を確認する
※3)これらのステップは、公開されている事例に共通して観察される特徴を整理したものであり、すべての企業に当てはまるとは限りません。
ROIが停滞する製造業AI投資の共通構造
しかし一方で、多くの企業が投資回収の停滞に直面しています。
QuantumBlack AI by McKinseyの調査によれば、生成AI導入企業の多くは、まだ全社レベルでの収益インパクトを十分に得られていないと回答しています。また、「導入・スケーリング段階でKPIを追跡できている企業が20%未満」とされており[7]、多くの企業はまだ価値創出に向けた管理体制が十分に整っていないことが示されています。
こうした傾向は、製造業AI導入においても無視できない示唆を与えます。実証や部分導入の段階でROI測定の枠組みを設けないことが、投資回収の遅れや経営判断の難航を招きかねません。対照的に、Audiの品質管理AIやBMWの予知保全AIのように、初期段階から成果指標(品質改善やダウンタイム削減)を明確に示せた企業では、導入から量産・拡張までの移行が迅速に進むのでしょう。
ROI設計を欠いた企業では、投資回収が遅れ、経営効果の実感が得られないケースがしばしば見られます。
ROIを経営設計へ昇華する方法
ROIを短期で確保し、長期で体質を強化する──この二段構えの設計思想が、製造業AIの成熟度を決定づけます。本記事は「事例編」ですが、「理論編」にあたる製造業AIのROI設計ガイドも公開中です。あわせてご参照ください。
製造業AIの未来展望|フィジカルAIがもたらすROIの新局面
ROIを設計するAIから、ROIを最適化するAIへ
ご紹介した事例を振り返ると、AI導入の進化は「ROIを設計する人間」から「ROIを実現するAI」へ、そして「ROIを自律的に最適化するAI」へと移行しつつあることがわかります。
その延長線上にあるのが、いま注目を集めるフィジカルAIです。
生成AIが知識や意思決定を担ったのに対し、フィジカルAIは現実の機械・設備・ラインを直接制御し、生産全体を最適化するAIを指します。AudiやBMWがすでに溶接・搬送・検査といった「現実の工程」にAIを拡張しているように、製造業AIは今まさにフィジカルAIへの移行期にあります。
センサー、ロボット、制御AIが一体化し、AIが設備・品質・エネルギーを自律的に最適化する時代が始まっているのです。「考える機械」が「動く知能」へ──AIの次の進化は、もはやSFではなく生産現場のリアリティなのです。
こうした潮流は、AIが単なる効率化ツールではなく、「収益構造を最適化する主体」へと進化していることを示していると言えるでしょう。
関連記事|製造業AI導入の全体戦略を理解する
本記事では「ROI設計の事例」に焦点を当てましたが、AI導入を成功させるには、ROI設計の理論の確認や、パートナー企業の選定も重要な要素となります。
▼ ROI設計の方法を整理する
📄 製造業におけるAIのROI設計と投資効果の考え方を確認する
ROI設計方法についてご紹介した記事です。短期・長期の効果を区別した測定フレームと、3つの評価指標(設備効率・品質コスト・エネルギーコスト)を解説。
▼ パートナー選定の基準を見極める
📄 AI企業を比較・選定する際の6つの基準を確認する
適切なROI設計を支えるパートナーの見極め方。6つの基準と選定チェックリスト(無料)を提供。
執筆者:エイシングPR事務局
【参考資料 / 免責事項】
本記事は、各社の公式発表・報告書・プレスリリース等の公開情報をもとに、筆者が要約・解釈のうえで構成したものです。原文の全文転載ではありませんので、詳細内容については各社公式サイト・原資料をご参照ください。また、本記事における「短期ROI」「長期ROI」「超長期ROI」の分類は、公開情報に基づく象徴的事例として編集上便宜的に整理したものであり、各企業が現時点で分類上の特定段階に限定されることを意味するものではありません。各社がすでに次の段階へ移行している可能性、また将来移行する可能性もあります。
[1] Audi MediaCenter (2023/6/30)
“Audi begins roll-out of artificial intelligence for quality control of spot welds”
https://www.audi-mediacenter.com/en/press-releases/audi-begins-roll-out-of-artificial-intelligence-for-quality-control-of-spot-welds-15443
[2] EV Design & Manufacturing (2025/6/9)
“Automotive automation: Audi optimizes vehicle quality control with Siemens AI technology”
https://www.evdesignandmanufacturing.com/news/automotive-automation-audi-optimizes-vehicle-quality-control-siemens-ai-technology/
[3] BMW Group Press Release (2023/11/27)
“Smart maintenance using artificial intelligence”
https://www.press.bmwgroup.com/global/article/detail/T0438145EN/smart-maintenance-using-artificial-intelligence?language=en
[4] BMW Group Press Release (2025/4/28)
“Artificial intelligence as a quality booster”
https://www.press.bmwgroup.com/global/article/detail/T0449729EN/artificial-intelligence-as-a-quality-booster?language=en
[5] McKinsey & Company (2024/4/9)
“How manufacturing’s Lighthouses are capturing the full value of AI”
https://www.mckinsey.com/capabilities/operations/our-insights/how-manufacturings-lighthouses-are-capturing-the-full-value-of-ai
[6] WORLD ECONOMIC FORUM(2025/1/14)
“グローバル・ライトハウス・ネットワーク:デジタルトランスフォーメーションのインパクトとスケールアップを推進するマインドセットの変化”
https://jp.weforum.org/publications/global-lighthouse-network-the-mindset-shifts-driving-impact-and-scale-in-digital-transformation/
[7] QuantumBlack AI by McKinsey (2025/3/12)
“The state of AI: How organizations are rewiring to capture value”
https://www.mckinsey.com/capabilities/quantumblack/our-insights/the-state-of-ai-how-organizations-are-rewiring-to-capture-value

