製造業AIの導入費用はなぜ金額を明示できないのか|見積りが当てにならない理由

なぜPoCの費用は本番化の目安にならないのか

✓ AI導入の成否と見積りを左右する論点の重心は「基盤と組織」にある
✓ なぜ製造業AIの見積りは会社ごとに違うのかを構造から解説

2026年01月28日

製造業AIの導入費用はなぜ金額を明示できないのか|見積りが当てにならない理由

製造業AIの導入費用はなぜ金額を明示できないのか|見積りが当てにならない理由

製造業の経営層の方から、最もよく受ける質問の一つにこんな質問があります。
——AI導入には、結局いくらかかるのか。

検索すれば、「数百万円から」「数千万円規模」といった “目安” は、いくらでも見つかります。しかし、実際の製造業AIプロジェクトの現場では、この問いに明快に答えられるケースはほとんどありません。

なぜなら、製造業AIのコストは “AIの金額だけで決まるわけではないから” です。多くの調査や事例が示しているのは、コストの大半が「技術そのものの外側」に発生しているという現実です。

本記事では、「いくらかかるか」という問いに直接答える代わりに、製造業AIの “コスト構造” を整理します。

「金額が分からないなら意味がない」と感じるかもしれません。でも、画面を閉じないでいただきたいのです。本記事の目的は、単なるAIの相場ではなく、製造業AIにおけるコストの “本当の決まり方” を捉え直すことにあります。

読み終えたときには、きっと——
「いくらかかるか」と尋ねる前に、検討すべきことがあったと感じていただけるはずです。

“局所的な効果” と “全社的な成果” の違い

多くの企業では、AI導入の検討はPoC(実証)を起点に始まるケースも少なくないのではないでしょうか。比較的少額で試せるPoCの費用を起点に、「この延長線上で本番化できるのではないか」と考えるのは、自然な発想です。

しかし、実際にはPoCの費用感は、そのまま全体導入の目安になるわけではありません

なぜなら、PoCを通して見えるコストは、いわば “氷山の一角” に過ぎないからです。氷山が浮かぶ水面の下には、実際の導入費用を左右する要因が存在しています。

このギャップは、調査データからも確認できます。以下、本項で参照するMcKinseyやDeloitteの調査は業界横断のものですが、製造業においても同様に生じ得る事柄であると考えられます。

McKinsey & Companyの調査(105か国・業界横断・グローバル調査)によれば、ほぼすべての調査回答者が、自社がAIを利用していると回答しているにも関わらず、多くの企業が依然として実験・パイロット段階にとどまっており、回答者の約3分の2が全社規模でのスケールには至っていないとされています。また、個別ユースケースではコスト削減や収益向上といった効果を感じている企業が多数派である一方、企業全体のEBITに影響が出ていると回答した企業は39%にとどまっています[1]

つまり、多くの企業が “局所的な効果” は得られている一方で、 “全社的な成果” には至っていないということになります。この断絶は、PoCという限定条件の中で見えるコストや成果だけでは、全体像を捉えきれない可能性を示唆しています。

さらに別の報告も見てみましょう。

Deloitteが公開しているレポート(世界各国3,200名超のビジネス/ITリーダーを対象とした調査)では、なぜ多くのパイロットが本番環境に到達しないのか、という疑問に対し、PoCと本番環境の要件には「根本的な不一致」があるからだと指摘しています。パイロットは、少人数で、クレンジング済みデータを用い、隔離環境で短期間に実施できる一方、本番展開では、インフラ投資、既存システム統合、セキュリティ・コンプライアンス対応、監視・保守など、まったく別次元の要件が求められるのです[2]

こうした差異を踏まえると、PoCの費用を起点に「AIをいくらで導入できるか」を見積もろうとするアプローチは、現実との乖離を生みやすいと言えるでしょう。PoCは、あくまで技術の可能性を確かめる入口であり、費用構造を測る物差しではないと捉えるべきです。

製造業AIの価値はどこで決まるのか

ここまで見てきたように、PoCで確認できる効果と、全社展開によって得られる成果のあいだには、大きな隔たりがあります。この差異を理解するために、「製造業AIの価値の創出要素」に目を向けてみたいと思います。

Boston Consulting Group(以下、BCG)は、AIの真の価値を引き出すには変革的な取り組みが必要であり、その成否を左右する要因を、次の3つの要素に分解しています[3]
①Optimization / AI algorithms:10%
②Technology foundation:20%
③People foundation:70%

注目すべきは、AIアルゴリズムそのものは、全体の10%にとどまっているという点です。製造業AIの成果は、モデル精度やアルゴリズム単体ではなく、それを支える基盤と、組織・運用の在り方に大きく依存することを、BCGは示唆しています。

People foundationは、最も重く、最も可視化しにくい

BCGの整理は、あくまで「AIの真の価値を引き出すための要素」を示したものです。しかし、どの領域が実務上のボトルネックになりやすいかという観点で見ると、70%の割合を占めるPeople foundationは、最も重く、かつ可視化しにくい領域として浮かび上がります。

Deloitteが2026年1月に公開したレポート(世界各国3,200名超のビジネス/ITリーダーを対象とした調査)によると、調査対象企業のうち、1年以内に少なくとも10%の職務が完全に自動化されると予測している企業は、36%にのぼっています。さらに、3年先には、82%もの企業が少なくとも10%の職務が完全に自動化されると予測しています[2]

ただし、業務自動化への期待が高い一方で、AIを前提とした職務の再設計に着手できていない企業は84%にのぼるとも報告されています[2]

ここに見られるのは、「自動化の進展」と「職務再設計の停滞」が同時に進んでいるという、構造的なねじれです。

Deloitteは「AIは既存業務を単に補完するだけではなく、オペレーティングモデルや仕事の進め方そのものを根本的に見直す必要がある」と指摘し、職務を再設計する必要性を説いています[2]

AIの価値創出の成否を左右する「職務の再設計」は、PoCや部門単位の導入ではなく、全社展開を前提として初めて本格的に問われるテーマです。

多くのPoCでは、モデルの適用可能性やアルゴリズムの有効性といった技術レイヤーの検証が中心となるため、BCGが示す3要素のうち、とりわけAIアルゴリズムの側面が先に議論されがちです。

しかし、BCGが示す「AIの真の価値を引き出す3要素の分解」では、Optimization / AI algorithmsは価値創出全体の10%に過ぎません[3]。そして、90%を占めるTechnologyやPeopleの設計・運用が、本番化・全社展開の局面で、より大きなコストと難易度を伴って顕在化する——それが、PoCの延長で費用を捉えると見誤りやすいワケと考えられます。

コスト差が生じる構造的理由

PoCの外側にある要素、特に “Peopleの領域” が後々コストを伴って顕在化する。その前提に立つと、導入費用を一律に明示することは難しく、企業ごとに大きく異なりやすいことがご理解いただけるのではないでしょうか。

言うなれば、表面に見えるAIは同じでも、水面下に広がる “氷山の厚み” ——すなわち組織の状態が違うからです。水面下に隠された組織の状態が異なれば、必要な投資規模も変わるのは必然です。

例えば、導入しようとしているAIやテーマが同一であっても、次のような条件は企業ごとに大きく異なることでしょう。
・既存設備や制御システムの構成
・データの取得状況、品質、整備度
・IT層(考える領域)とOT層(動かす領域)の分断の度合い
・業務のやり方が現場ごとにどれだけバラついているか
・意思決定プロセスや責任範囲の明確さ
・現場と本社の役割分担、運用成熟度

これらは、Technology foundationとPeople foundation領域に該当し、設計・調整コストに大きく影響し得ます。そのため、同一のAIを導入するとしても、必要となる設計工数、調整範囲、関与人員、導入期間は、企業ごとに大きく変わります。

結果として、同じAI企業に見積りを依頼したとしても、依頼主によって金額が大きく変動することは、構造的に避けられない現象だと整理できます。

World Economic Forum(以下、WEF)が主導するGlobal Lighthouse Networkは、デジタル技術で高い成果を上げている生産拠点のネットワークです。WEFは、これらのLighthouse拠点の共通点として、新技術への投資よりも、それを現場に定着させるためのプロセスや人への投資の方が大きいと指摘しています。例えば、技術投資に対して、相対的に、プロセス改善と定着・展開への投資がより大きい、という配分で整理されています[5]

これは、BCGが示す “価値の重心はTechnologyとPeopleのfoundationにある” という構造とも、方向性として一致していると読み取れます。いわば、価値が生まれる場所資本が投下されている場所が同じなのです。

製造業AIの費用は「相場観」では判断できない理由

多くの企業が、「結局いくらかかるのか」という “相場” を求めます。しかし、製造業AIにおいては、この問いそのものが、すでに実態から目を背けた問いとなっているのです。

Deloitteのインタビューでは、AIの便益は他の改革と絡み合い、効果の切り分けが難しいという声が紹介されています[4]

これは、AIの価値が、単体の技術としてではなく、組織全体の取り組みに溶け込む形で生まれる性質を持つことを示唆しています。

この前提を踏まえない状態で、見積書だけを並べても、「高い」「安い」という感想以上の判断にはつながりません。

製造業AIの見積りとは、AI自体の価格を測るものではなく、自社がどこまで基盤整備・組織変革に踏み込むのかを可視化する作業なのです。

金額を先に知ろうとするのではなく、自社はどこまで基盤整備や組織設計に踏み込むのか。その “前提条件” を先に定めることこそが、製造業AIの投資判断の起点となります。

つまり、製造業AIは「コストが読めない投資」なのではなく、前提条件によって金額が、ひいては成功確率までもが大きく変わる投資なのです。費用は、その前提条件の上に定まるものであり、最初に決めるべきものではありません。

AIパートナー選定が費用設計の一部になる理由

ここまで整理してきたとおり、製造業AIの費用を左右しているのは、AIの価格ではなく、自社の基盤と組織をどこまで変える必要があるかという問題です。

だからこそ、製造業AIでは「誰と組むか」も、そのまま “費用の構造” を決める要素になりうるのです。貴社が協業しようとしているAI企業は、技術導入の実績があるだけではなく、自社の “見えない課題” を一緒に洗い出し、検討しなおすことができるパートナーなのか。

氷山の上に何を積み上げるかではなく、水面下に眠る氷の “深さ” と “広がり” を、一緒に掘り下げてくれるパートナーなのか。

——それこそが、次に経営者の皆様に必要となる視点です。
次の記事では、この視点のもとに、どのようなAI企業が “見えない課題の洗い出し” を共に担えるのかを、具体的に整理していきます。

📄 失敗しないAI企業の選び方


執筆者:エイシングPR事務局
当社が製造業向けに提供しているAIソリューションの導入支援で得られた知見をもとに、経営層向けに情報発信を行っています。

【免責事項】
※本記事は、各社・各機関の公式発表・報告書等の公開情報をもとに、筆者が要約・解釈のうえで構成したものです。原文の全文転載ではありませんので、詳細内容については各社公式サイト・原資料をご参照ください。
※本記事で使用している一部の画像・図版は、内容理解の補助およびイメージ喚起を目的として、AIツールにより生成しています。

【参考資料】
[1] McKinsey & Company (2025/11/5)
“The state of AI in 2025: Agents, innovation, and transformation”
https://www.mckinsey.com/capabilities/quantumblack/our-insights/the-state-of-ai

[2] Deloitte (2026/1)
“State of AI in the Enterprise The untapped edge”
https://www.deloitte.com/content/dam/assets-zone3/us/en/docs/services/consulting/2026/state-of-ai-2026.pdf

[3] Boston Consulting Group (2025/6)
“Unlocking the Value Potential of AI Manufacturing”
https://www.bcg.com/assets/2025/executive-perspectives-unlocking-the-value-of-ai-in-manufacturing-30june.pdf

[4] Deloitte (2025/10/22)
“AI ROI: The paradox of rising investment and elusive returns”
https://www.deloitte.com/uk/en/issues/generative-ai/ai-roi-the-paradox-of-rising-investment-and-elusive-returns.html

[5] WORLD ECONOMIC FORUM (2025/1)
“Global Lighthouse Network: The Mindset Shifts Driving Impact and Scale in Digital Transformation WHITE PAPER JANUARY 2025”
https://reports.weforum.org/docs/WEF_Global_Lighthouse_Network_2025.pdf