フィジカルAIとはなにか|製造業の未来を変える“動かすAI”の全貌

本記事が答える4つの問い

✓ フィジカルAIとは何か?
✓ なぜ今注目されているのか?
✓ 製造業にどんなインパクトがあるのか?
✓ 日本企業はどこから着手すべきなのか?

2025年12月11日

フィジカルAIとはなにか|製造業の未来を変える“動かすAI”の全貌

もしも工場を、無数の機械が奏でる巨大なオーケストラだとするならば、これまでのAIは 指揮台の外から “こう演奏すべきだ” と助言する評論家に過ぎませんでした。
音楽の構造は理解しても、演奏そのものを変える力は持っていなかったのです。

しかし今、AIは “指揮棒” を手にとりました。
設備やラインの状態を読み取り、最適な “入り” を判断し、ときにはテンポを変え、強弱を調整し、“オーケストラ = 工場” そのものを動かす存在へと進化しつつある。

——この「現場を動かすAI」こそ、フィジカルAIです。
ただし、フィジカルAIは、AIを現場で使い続けられる前提が整っている組織でなければ、その価値を引き出せない技術でもあります。そして今、まさにその前提が問われる局面に、製造業は入りつつあります。

ここ数年、生成AIが注目を浴び、多くの企業が “考えるAI” の活用を進めてきました。しかしその裏側で、世界の製造現場では静かに、着実に、 “動かすAI”  へのシフトが進んでいるのです。

フィジカルAIとはなにか|製造業の未来を変える“動かすAI”の全貌

フィジカルAIの概念の登場

2025年1月、ラスベガスで開催された世界最大級のテクノロジーイベント『CES 2025』において、半導体とAI基盤技術で世界をリードするNVIDIAのJensen Huang氏は、AIの次の段階は「フィジカルAI」であると明言しました[1]。これは、産業界に向けて「フィジカルAI」という概念を公の場で明確に示した、初期の重要な発言例のひとつと位置づけられます。

『CES 2025』後に公開されたAutomation Worldの記事では、「2025年の製造業テック動向」をテーマに6名の業界リーダーへインタビューが行われています。その中では、「Physical AI」という単語こそ登場しないものの、複数の識者が「AIが物理世界で意思決定し、行動を実行する方向性」を指摘しており[2]、Huang 氏が掲げた「フィジカルAI」と強い親和性を示しています。

識者の一人はこう述べています。「AIは今までにない形で製造環境で活用可能になる」と。
AIがこれまで以上に “現場で使えるもの” になってきたからです。その背景には、現場の状況を高精度に捉える新しいセンサー技術や、強力な計算能力の進化があり、それらにより  “仮想上での高度なシミュレーション” が可能になったことが挙げられています[2]

産業構造の変化|人手不足・技能継承・多品種少量生産

フィジカルAIへの期待は、単なる一過性の技術トレンドではありません。
製造業は、人手不足や、熟練技能者の引退に伴う技能継承の難しさ、多品種少量生産への対応といった様々な課題に直面しています。

特に、当社の知見と国内外の文献が示す価値領域の構造を突き合わせた結果として浮かび上がった「AI導入で改善効果が大きい代表的な3つの課題構造」(※1)――
①品質がブレやすい
②再現性が落ちやすい
③挙動が読みづらい

これらの課題は、いずれも「物理現象の理解」と「現場での制御」に深く関わるテーマでした。熟練者の勘と経験だけに頼るやり方には限界が見え始める一方で、人員やスキルを十分に確保することも難しくなっている。

こうした状況のなかで、単なるデータ分析にとどまらず、「現実世界で動くAI」への関心が高まっていることは、さまざまな業界の動向からも読み取れます。特に、前述のAutomation Worldの記事が指摘するように、「AIは今までにない形で製造環境で活用可能になった」ことで[2]、従来のAIでは対応が難しかった領域に踏み込む可能性が注目されているのです。

※1)3つの課題構造の詳細は製造業AI活用の成功条件のご説明したこちらの記事をご覧ください。

💡経営判断のヒント
AIは “考える” だけでなく “動かす” 段階へと進みつつあります。これからの企業競争力は、「どの工程でAIを使うか」ではなく 「どの課題をAIで解決するか」 を早期に見極められるかで決まります。とくに、品質ブレ/再現性低下/挙動の複雑化といった “物理 × 制御” の課題 は、フィジカルAIが最も効果を発揮しやすい領域です。
📄 製造業AI活用の成功条件を3つの課題構造で見極める

フィジカルAIの定義

本記事では、フィジカルAIを次のように定義します。

——フィジカルAIとは、AIが設備・ライン・ロボットなどの物理システムに働きかけ、制御・最適化・判断・実行までを担う技術群である。

チャットボットや機械翻訳のような「頭脳だけのAI」は、指示や提案はしてくれますが、実際にバルブを開けたり、ロボットアームを動かすことはできません。

一方でフィジカルAIは、現実世界の物理的な環境を理解し、それに基づいて行動や操作を行う能力を持ちます。

フィジカルAIの直感的理解

フィジカルAIの核心を直感的に理解するうえでは、AI Business Asiaが紹介した「Sensing–Thinking–Acting」の3段構造が参考になります[3]

このモデル自体は、ロボティクス分野で広く使われている「Perception–Planning–Action(PPA)」という一般的な考え方に近い構造です。PPAはロボティクス分野の基本概念であり、「周囲を理解し → 動きを計画し → 実行する」という、“ロボットが自律的に動くための3要素” です。

一方で、AI Business Asiaが示す「Sensing–Thinking–Acting」は、
センサーやカメラ、計測器からデータを取得して状態をSensing(感知)し、
取り込んだデータをもとに次に取るべき行動をThinking(思考)し、
実際の機器やロボットを制御し、現場に作用するActing(行動)です[3]

ロボティクス分野で言われるPPAを「知能が現実世界と相互作用する3段階構造」 として捉え直している点に特徴があります。フィジカルAIを “現実世界と相互作用するAI” として捉えるためのわかりやすい視点と言えるでしょう。(※2)

※2)ここで紹介したAI Business Asiaの記事はMedium上の寄稿記事であり、一次情報ではなく筆者の解釈が含まれるコラムですが、概念理解に役立つため補助的に引用しています。

💡経営判断のヒント
フィジカルAIは、判断(Thinking)と制御(Acting)を一体化できる点に特徴があります。自社の課題がSensing(状態把握)、Thinking(判断の属人化)、Acting(現場制御の限界)のどこにあるのかを見極めると、フィジカルAIが価値を発揮する領域が明確になります。
📄 製造現場の“3つの課題構造”から、自社でフィジカルAIが効く領域を特定する

フィジカルAIは「これまでの自動化や制御と何が違うのか?」という疑問は、製造業の経営層の方から特によく聞かれる質問の一つです。そこで、この項ではフィジカルAIと従来の技術との違いを見てみましょう。

フィジカルAIと従来自動化の違い

例えるなら、従来の自動化は、決められた “楽譜” 通りに演奏する仕組みでした。
楽譜が正確であれば素晴らしい演奏になりますが、会場の響きや聴衆の反応には対応できません。

一方、フィジカルAIは、演奏中にテンポや強弱を調整し、現場の “生の音” に合わせてパフォーマンスを最適化します。まるで、名指揮者が目の前の状況を読み取りながら、最高の音楽を引き出すかのように——

この対比を技術的に整理すると、次のようになります。

一般的に、従来の自動化・制御は次のような前提を置くことが多いと言われています。
・比較的、環境条件が安定していること
・事前にルールやパラメータ(例:条件分岐やPID制御)を設計しやすいこと
・設計外の状況が発生すると対応が難しくなること

これに対し、フィジカルAIは「変化」や「複雑性」を前提に設計されます。
・センサー情報をもとに “今何が起きているか” を把握し
・シミュレーションや蓄積データから “自分がこの行動をした時、どの様なことが起こるかを想定”  した上で、“どう動くべきか” を判断し
・実際の制御結果やシミュレーション結果を学習に反映し、性能を高める

この違いを裏付けるように、2025年9月の世界経済フォーラム(WEF)の記事では、従来の産業用ロボットが担ってきた「固定的・反復的な作業」から、より複雑な環境を認識し学習しながら対応するロボットへと移行しつつあることが示されています[4]。前述の Automation Worldが示唆した方向性[2]が、実際の技術進化として現れ始めていることがわかります。

💡経営判断のヒント
フィジカルAIは、“高性能な技術を導入すれば成果が出る” 類のものではありません。成果を左右するのは、変動する現場でAIを運用し続けられる「実装力」です。従来自動化との違いを踏まえたうえで、「自社はAIを前提に、現場で判断し続けられる状態が整っているか?」を棚卸してみると、フィジカルAIが効果を発揮する組織かどうかが一気に明確になります。
📄 成功企業に共通する製造業AIの実装力を知る

フィジカルAIは概念だけの話ではありません。既に世界の先進企業では、製造現場における具体的な実装が進んでいます。

フィジカルAIの方向性に合致する事例① Foxconn

Foxconn は「単体ロボットへの高度な制御の実装」が進んだ例として位置づけられます。

世界最大級の電子機器受託メーカーであるFoxconnは、AI とデジタルツイン(設備や工程の“仮想コピー”)を組み合わせることで、従来のロボットでは困難であったネジ締めやケーブル挿入といった精密作業のシミュレーションと自動化を進めています。これは、WEF が述べる “フィジカルAIによる産業ロボットの進化” を体現する取り組みと言えます[4]

AI搭載ロボットにより、サイクルタイムは20〜30%改善し、エラー率は25%低減、運用コストも15%削減するなど、大きな成果が報告されています[4]

Foxconnの取り組みは、フィジカルAIが従来の自動化の限界を超えつつあることを示す代表例と言えるでしょう。

フィジカルAIの方向性に合致する事例② Hyundai

Hyundai は「工場全体の状態把握と判断をAIが支援するレイヤー」への進化を示す例です。

Hyundai が米国に建設した工場では、工場全体をデジタルツイン(実際の工場をリアルタイムで映し出す“仮想レプリカ”)として機能するデジタル指令ハブが中核に据えられています[5]

製造現場のデータをセンサーから収集し、AIが製造プロセスの仮想レプリカを作成。AIは生産現場で問題が発生した場合、その原因は何か、どう改善すべきかについて、是正案を提示することが可能だとされています[5]

これは、工場運用を「より広い範囲で状況を把握し、問題解決を支援できる形へと高度化していく」ための取り組みであると読み取れます。WEF が示す「フィジカルAIなどの技術が産業オペレーション変革に寄与する」という方向性とも整合性があると考えられます[6]

Foxconnが「ロボット単体の高度化」を示す例であるとすれば、Hyundai は「工場全体を AI が理解し、判断を支援するレイヤーへの拡張」を示す事例と言えます。

以前のロボットは、同じフレーズを繰り返すだけの演奏者でした。しかしフィジカルAIは、各機器の状態をリアルタイムで調律し、全体のハーモニーが乱れないように制御します。工場が “ひとつのアンサンブル” として調和する、その指揮者こそがフィジカルAIなのです。

AIネイティブ世代が期待する“協働の未来”

こうした実装の広がりに加え、製造業を取り巻く “人材側の構造変化” も見逃せません。次世代の価値観が、フィジカルAI導入のあり方を大きく変えつつあります。

日経クロステックが紹介した、製造業内定者への調査によると、約60%の学生が『AI・ロボットなどの技術は「幅広い業務で使われるようになる」』と回答。『新しい価値が生まれていく』『産業全体がより良い方向に進む』といったポジティブな変化を期待する声が 65%を超えています[7]

現在の現場では、AI活用が「情報収集・文書作成」に偏りがちという調査結果もある中で、対照的に、AIネイティブ世代は 「AIや新しい技術を使いこなし、価値創出に関わっていこう」と考えており[7]、ここにギャップが見えてきます。

技術進化(特にAI活用の高度化)と人材の価値観変化(AIネイティブ世代)が重なることで、「人とAIが協働しながら価値を生む生産体制」 へのシフトが現実味を帯びているといえるでしょう。

💡経営判断のヒント
フィジカルAIを語るとき、現場で必ず出るのが「AIに仕事を奪われるのでは?」という懸念です。しかし、経営層の皆様が示すべき方向性は真逆です。AIは人間を代替するのではなく、人間の仕事の “重心” を変える技術です。単純な監視・調整・段取りはAIとロボットが担い、人は「構造を理解し、AIを意図通りに動かす側」へ移行します。これは、AIネイティブ世代が期待する “AIとともに価値を生む仕事” とも一致します。“AIに奪われる側ではなく、AIを使いこなす側へ”——この視点を経営層の皆様が明確に掲げることが、フィジカルAI時代の人材戦略の起点となり、組織全体の方向性を決める力になります。

ここまでフィジカルAIの全体像を見てきましたが、最後に残る疑問は一つです。
——結局、自社ではどこから始めればいいのか?

日本企業が今すぐ始めるべき第一歩

フィジカルAIだからといって、特別なプロジェクトが必要になるわけではありません。

重要なのは、AI導入における “基本のステップ” を外さないことです。
・現場の実態を正しく把握する
・AI導入の投資対効果(ROI)と技術的実現性を見極める
・その上で投資対効果(ROI)に基づくロードマップを策定する

この原則は、フィジカルAI時代でも変わりません。

【無料DL|2ページでわかる製造業AI導入ロードマップ】
当社では、AI導入を「現場調査 → 可能性検証 → 全体計画」というステップで体系化し、PDF2ページで全体像を俯瞰できるロードマップにまとめています。
これにより次の点が一気に明確になります。
✓ 貴社が現在どの位置にいるのか
✓ 次に着手すべき具体的な一手は何か

【次のステップ:自社の「ROIの伸びしろ」を把握する】
フィジカルAIの方向性を理解したら、次は自社のAI導入がどれだけの投資対効果を生むのかを定量的に把握する段階です。AI導入のROI設計や改善幅の評価方法はこちらで体系的に整理しています。

📄 製造業におけるAIのROI設計と投資効果の考え方を確認する

フィジカルAIは、工場という大きなオーケストラに優秀な “指揮者” をもたらす技術です。

しかし、その “指揮者” が本来の力を発揮するのは——
最初の一拍を、どのタイミングで、どのセクションから始めるかが決まった時です。

ロードマップは、その “一拍目” を迷わず選ぶためのガイドです。
貴社の工場が奏でるべき次の旋律は、そこから始まります。

さあ、フィジカルAI時代の新しい演奏をともに始めましょう。


執筆者:エイシングPR事務局
当社が製造業向けに提供しているAIソリューションの導入支援で得られた知見をもとに、経営層向けに情報発信を行っています。

【免責事項】
※本記事は、各社・各機関の公式発表・報告書等の公開情報をもとに、筆者が要約・解釈のうえで構成したものです。原文の全文転載ではありませんので、詳細内容については各社公式サイト・原資料をご参照ください。
※本記事で使用している一部の画像・図版は、AIツールを用いて生成したものを含みます。

【参考資料】
[1] NVIDIA(2025/1/6)
“CES 2025: AI Advancing at ‘Incredible Pace,’ NVIDIA CEO Says”
https://blogs.nvidia.com/blog/ces-2025-jensen-huang/

[2] Automation World(2025/1/14)
“Top Manufacturing Tech Applications in 2025”
https://www.automationworld.com/factory/digital-transformation/article/55253334/ai-robots-supply-chain-and-energy-tech-will-drive-manufacturing-in-2025

[3] AI Business Asia(2025/1/23)
“What is Physical AI”
https://medium.com/ai-business-asia/what-is-physical-ai-344ce04cdc03

[4] WORLD ECONOMIC FORUM(2025/9/9)
“Physical AI is changing manufacturing – here’s what the era of intelligent robotics looks like”
https://www.weforum.org/stories/2025/09/what-is-physical-ai-changing-manufacturing/

[5] BUSINESS INSIDER(2025/8/21)
“Hyundai built its newest factory around AI-powered technology like robotics and digital twins”
https://www.businessinsider.com/hyundai-ai-powered-factory-smart-metaplant-america-2025-8

[6] World Economic Forum(2025/9)
“Physical AI: Powering the New Age of Industrial Operations WHITE PAPER SEPTEMBER 2025”
https://reports.weforum.org/docs/WEF_Physical_AI_Powering_the_New_Age_of_Industrial_Operations_2025.pdf

[7] 日経クロステック(2025/9/25)
“製造業内定者の6割が「AI・ロボとの協働が前提」、キャディが調査”
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/24/02819/